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「夏の楽しみ」

 

飯島町というところがある。長野県松本市からさらに南へ下り、中央アルプスと南アルプスに挟まれた標高約700メートルに位置する小さな町だ。毎年一度7月中旬に、きまってここを訪れるようになったのは3年前からのことだ。フルート奏者の妻が講師としてフルート・セミナーに参加しているので、この時期彼女に同伴し、私はひとりホテルにこもって作曲をしている。

作曲するといっても、大半の時間は脳の機能が妄想に費やされるため、実際に集中できる時間はかなり限られるのが現実だ。疲れたときにと気分転換に行うのが運動。ずいぶんと太っていた時期が長いので、運動をしないとすぐに戻ってしまう。日中は暑いから早朝ジョギング、夕方ロードバイクに乗るのが当地での日課になっている。日中酷暑の時でさえ、朝夕はひんやりとした風が心地よいので、朝は30分ほど、ホテルから日本の原風景が残る中央アルプスの方向に、あぜ道を走って体を目覚めさせ、疲れの出る夕方は2時間ほど自転車を走らせる。

往きは国道をひた走り、途中からお気に入りの駒ヶ根高原へとゆるやかな長い坂道を上ってそのあたりを周回する。帰りは裏道を使い、細くて軽自動車がやっと通られるぐらいのくねくねしたアスファルトの農道を、巧みなコーナリングでスピードを落とさずに走り抜ける。「う〜ん、そのようなコーナリング・テクニックを要求される道を全速力で走り抜けたい」そんな願望があるのだが、実は私の通るルートには、あまりコーナリングを楽しめるほどのカーブはない。それでも自分では集団を後方に置き去りにして先頭を走る、ツール・ド・フランスのステージ優勝者の気分がにわかに体験でき、気分は爽快だ。今年もそんな例年のレースを楽しみにしていた。それなのに….

主に下りが長く続く国道を気分良く走り降りながら、ちょうど左右の視界が開けて、真っ直ぐと続く橋の途中にさしかかったまさにその時だった。ガガーッ、ガーという異様な騒音を残して、前輪があえなく逝ってしまった。 初日わずかに15分ほど走ったところである。 パンクであることはすぐにわかった。上り坂が前方に見えてきたので、ブレーキを踏まないように慎重にペダルに置いたまま足を固定し、ただただ自然にスピードが落ちてくるのを待った。

毎年いつも持ち歩いているのに、今年に限って予備のスペアタイヤを忘れていた。しかもロードバイク用のチューブを購入できそうなお店もないようだった。この現実は、滞在初日にして、飯島町の自然の中を今年も風を切って走り抜けるという、私のささやかな楽しみが、はからずも終わってしまうことを意味していた。

蒸し暑い日だったが、日中、国道を照らしつけていた痛いほどの陽光は、すでに山の頂にその姿を半分以上隠していた。夕方の軽井沢のようにひんやりとした空気が、ホテルに帰る術をなくしてしまって途方に暮れていた私を、ゆっくりと通り抜けていった。自動車は何台か連なって、ある一定の間隔で通り過ぎていく。反対車線にはロードバイクに乗った若者が息を切らせて上ってきて、私に軽く会釈をして走り去っていく。

私はホテルに帰る方法について思いを巡らせていた。 人里離れた国道脇の歩道にただ立ちすくんでいてもどうしようもないので、泊まっているホテルに電話をしてタクシーを呼んでもらうことにした。やがて10分ぐらい経ったときだったろうか、ハザードランプを点滅させながら、徐行運転の車がやってきた。

ロードバイクを現場の鉄柱にくくりつけ、ホテルまで戻ってから、自分の車で引き取りに来るつもりだった私に、初老のタクシー運転手は思わぬ言葉をかけてきた。「自転車乗せてく?」「え、乗らないでしょう」私はすぐに答えた。「いや、入るよ。」運転手はすでにトランクを開けて、私より先にロードバイクの前にいた。「ちょっと待ってください、今、鍵を外しますから。」慌てる私のそばに立って、彼は人なつっこそうな笑みをうかべていた。私はようやくバイクの鍵を外し終え、前輪を取り外し、トランクに運んだ。サドルがトランクからはみ出していたが、運転手はトランクが開かないようにひもでくくりつけてこう言った。「これで大丈夫だろう。」再度”荷物”を確認してから出発した。文句を言うどころか、困っていた私にさりげなく手を差し伸べ、自分から進んでロードバイクまで運んでくれた彼に、優しさと温かな気持ちをいただいた。

 

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