CONTACT LINKS EVENTS WORKS ESSAY PROFILE NEWS

 

「Welcome Home! ・・・人生を変えた忘れられぬ旅」

 

2004年春の出来事は決定的なインパクトを私に与えた。それは、何気ない思いつきが発端となって現実となったある旅―同僚、私の研究室所属の中国人留学生とハルピン、北京、そしてかつてシルクロードの中心都市として栄えた敦煌をめぐる約10日間だった。

私たちはハルピンを訪れた後、敦煌へと向かった。早朝に出発し、北京を経由して、さらに蘭州で乗り換え、敦煌の空港にようやく降り立ったときはもう真昼の力を失った太陽が砂漠に沈みかけていて幻想的な風景がそこにあった。何故かタラップを降りる足取りは軽く、乾いたさわやかな風が身体を通りぬけていく。大地を踏みしめて深呼吸をすると、目的地に着いた安堵感とこれから経験するであろう異文化との遭遇への期待、そしていにしえに想いをはせながら私は開放感でいっぱいだった。

そんな時、何とも懐かしい感覚に驚いた。故郷に帰ってきたような不思議な感覚、内なる声。感覚だから根拠などはない。「あれ、何だったのか今のは?」何度も確認したくなるような突然やってきた感覚だった。だが嫌な感覚ではなかった。ほとんど同時に温かな気持ちがこみ上げてきた。 そんな時だった。「Welcome Home!」という声がどこからともなく聞こえたような気がしたのは。

その後敦煌では以前自分がここにいたことのあるような奇妙な感覚を何度も経験した。まさにデジャヴュ(既視感)だ。そしてもうひとつ、この地で私は、論理的には理解しがたいこの「感覚」に対する何ともいえない信頼感を持つようになった。つまり、自分の行動を論理に頼るのではなく、この「感覚」を大切にする、という態度だ。

暗い路地の奥に突然食堂を見つけた汚い店になんとなく気になって入りたくなる。じゃあ入ってみよう、となる。すると素晴らしくおいしい。今までならこんな汚い店はあやしいに違いない、となるだろう。上手でもないのに路上で演奏する老人の姿に脚を止めたくなり、するとその老人の人生観が生み出す音楽に自然に感銘を受ける、など。普段の計画的に行動する日常生活とはあまりにもかけ離れた直感が示す感覚を優先して行動する安心感、とでもいうのか。

そして数日後、私の人生観を決定づけた出来事が起こることとなった。私たちはタクシーで遠出をすることとなった。敦煌から、車にゆられること数時間、目前に迫ってきたものは、嘗ては湖の底だったという、巨大で奇妙な岩群だった。それはどこまでもどこまでも続いていた。どの方向を向いても同じような岩群が無秩序にただ置かれているようでもあり、しかしまた、計画的に配置されているようでもあった。今までに見たことも経験したこともない、現実の世界の常識を遙かに超えたスケールで描かれた自然に、ただただ、心を奪われた。

ここは磁石がはたらかないところだとガイドに説明され、瞬間的にこの巨大な自然の遺産に一人取り残されたとしたらきっと自分は入り口に戻れないのだろう、そう認知し、とたんに人間の無力さを痛感することとなった。何百年、いや何千年という大きな枠組みの中の時間軸でしか変化を認識できない時空がそこには拡がっていて、日々変化する我々の現実生活で流れる時間との差異のとてつもない大きさに、また愕然とした。

あの時以来、私の芸術観は極端に変わった。「心を開き直感を大切にする。そして自分は無力であるから、作曲では書かされている感覚を大事にする。」ということだ。そういう思想で作曲するとき、音は生きてくるような気がしている。根源的に魂に直接語りかける作品、少なくともそれを理想とすべき、とする実感が最近強い。そのための実験、そして探求が続く。

 

目次